アカ族の若者の「改名手続き」について、
シリーズでお話をしています。
改名手続きには「多数派民族であるタイ人に同化できる」というメリットがあります。
たとえ少数民族であっても、タイ人の国に住む以上、
タイ人の名前を名乗って、「タイ人と同じように」振舞うことができれば、仕事や給与の面などでメリットが得られます。
以上が、前回までのあらすじです。
今回は最終編、改名による「デメリット」の話です。
じつは、改名のメリットは、「同化」ぐらいしかありません。
タイ族名への改名はむしろ、
長い目で見ると、デメリットの方が大きいと言えます。
名前とは、民族のアイデンティティの重要な一部をなすものです。
もしもアカ族の子供が、アカ族の名前を付けられて、家庭でもアカ語を使わずにタイ語ばかりを話すようになれば、
アカ族の伝統文化を維持していくのはさらに困難になっていきます。
現在、タイ族名への改名手続きを行なっているのは、主に年齢が30代以上の人です。
この世代は、元々はアカ族の名前が付いていたケースが多いため、自分で役所へ行って改名を申請をします。
しかし、それよりも下の世代では、生まれた時からタイ語名を付けられているケースがほとんどです。
タイ語版の『名付け辞典』がある
うちの地元の病院には、タイ語版の『名付け辞典』なるものが常備されています。
そして、妊婦はこれを「出産までに名前を考えておくように」と言って渡されます。
もうこの時点で、アカ族の名前を付けるという選択肢はなくなってしまいます。
また、病院内には「名前はタイ語風にすべき」という目に見えない同調圧力のような雰囲気もあり、
より一層、自民族の名前をつけるのが困難になります。
こうして、タイ族の名前を持つアカ族の子供が誕生します。
この子供は、アカ族でありながら、家の中でも家の外でも、タイ族の名で呼ばれ、タイ人として扱われることになりますから、
アカ族としてのアイデンティティを保てなくなっていきます。
こうした同化の最大のデメリットは、これまで家庭で連綿と受け継がれてきたアカ族の文化が、消え去ってしまうことです。
両親から家でアカの名前で呼ばれていれば、子供の中ではアカ族としての意識が育まれていきます。
しかし最近は、実の親でさえ、自分の子をタイの名前で呼ぶケースも増えています。
こうなると、子供は、家の中でも外でもタイ人として扱われることになりますから、アカ族としてのアイデンティティを保てなくなります。
やはり最低限、家の中だけでもアカ族の名前で呼ばれていた方が、民族のアイデンティティーを保ちやすいと私は思うのです。
そう考えると、名前って本当に大事だと思いませんか?
最近になって、ようやくNGOや外国の財団などが、「アカ族の固有の文化を保護していこう」という活動を始めていますが、
私に言わせれば、時すでに遅し、という印象です。
「少数民族が、多数派民族に同化して、固有の文化が失われてしまう」
……これは、アカ族に限ったことではありません。日本のアイヌや、南米の先住民など、各地にも多くの例がありますから、こうした例から学ぶこともできたはずなのですが、悔やまれてなりません。
海外の財団は、今もなお、飽きずに就学支援の寄付ばかり集めています。
しかし、そうした就学支援によって入れられる学校は、すべて、タイ族の学校です。
これは言うなれば、海外からお金を集めて、同化政策の片棒を担いでいるようなものです。
結果として、固有の文化はますます失われていきます。
どうせ多額のお金をつぎ込むのなら、同化でなく、固有の文化を遺すほうにもっとお金と時間を使って欲しいと思うのです。