タイ少数民族の就学を支援するボランティア財団の経営が、軒並み悪化している理由~(2)IDカード

前回の記事で、

「発展途上国の激しいインフレにより、先進国から途上国への里親支援が、年々困難になっている」

というお話をしました。

今回は、その続編として、

「山岳民族の家庭の経済状態が、実は、以前よりもかなり良くなっている」

ということについて、ご紹介をしていきます。

物価が上がり、賃金も上がった。

前回の話を聞いた人のなかには、このように考える人もいるかもしれません。

「そんなに物価が上がったということは、給料も上がったんじゃないの?」と。

まさにその通りで、

賃金の額も、20年前に比べると2倍から3倍に上昇しています。

具体的には…

かつてタイの地方では、日当300円ももらえれば良い方だったのが、2017年現在、日当は900円にまでアップしました。

額だけで言えば、3倍の上昇です。

こうなると、家庭の中に1人か2人でも稼ぎ手がいれば、

子供の中高の学費ぐらいは、なんとか自力で賄うことができます。

つまり、支援される側の少数民族の家庭が、以前に比べて、裕福になっているんです。

少数民族が就職しやすくなった

また、こうした物価高、賃金上昇という経済の趨勢に加え、

「少数民族が就職しやすくなった」

という、社会事情の変化もあります。

具体的には、「タイ国民のIDカード」の普及です。

少数民族のIDカードの問題とは?

少数民族のIDカードに関する問題については、別の記事でも詳しくご紹介していますが、

簡単に言うと…

以前は、少数民族の人たちは、タイの政府から、制限付きのIDカードしか持たされていなかったんです。

これは、

「自分が住んでいる郡の中だけしか移動できない」

という、制限がついたIDカードです。

一般のタイ国民のIDカードに比べると、それはもう、不便極まりない身分です。

この制限のあるIDカードだと、いくら都市部で良い仕事があっても、出稼ぎに行くことはできません。

それに、田舎の郡では、十分な賃金が保証された仕事などはありませんから、

必然的に、

「少数民族の家庭には現金収入がない」

という実情があったんです。

そして、財団に話を戻します。

現在、タイで活動を続けている慈善財団の多くは、こうした「IDカード問題」が最も深刻だった頃に、活動を始めたところばかりなんです。

彼らの活動理念は、

「少数民族の親は仕事に行けないから、子供の就学支援をすべきである」

というものです。

「親がIDカードがなくて働けないから、外国の財団で子を支援しよう」

この理念は、20世紀末ごろの当時としては、十分な大義名分がありました。

また、山の人たちも、本当にそのことが悩みのタネでしたから、財団による支援は、本当に助かっていたんです。

IDカード問題は、年々改善されている

でも、このIDカードの問題はも、現在は年々改善が進められています。

村によっては、

村民の9割以上が、タイ国民と全く同じ、正規のIDカード取得しているところもあります。

もちろん、こうした改善が、全く進められていない村もありますが、

タイ全体としては、IDカードの取得状況は良くなっているんです。

「貧困」の概念が変わってきた

こうなると、一口に「貧しい家庭」といっても、2種類に分類されてしまうことになります。

つまり、

「親が働けるのに働かないのか」、それとも、

「親は働きたくても働けない状況なのか」

ということです。

そして、もしも働ける状況の家庭であれば…

日本の里親が出資している額は、少数民族の親も、自力で貯めることができます。

そして、「本当に働きたくても働けない」というケースであっても、

●「地元では本当に仕事がないのか」
●「あるなら、どれくらいの収入が見込めるのか」
●「親戚からの支援は受けられないのか」

など、「要支援」となっている家庭ごとに、これらの点を見ていくと、

「本当に支援が必要な児童の割合が減っている」

という実情があります。

そして、こうした状況が、就学支援の慈善財団の存在意義を、ますます危うくしているわけです。

要は、一言で言えば、

「自分達で子供を中学に通わせられる家庭に対して、

なぜ不景気で苦しんでいる日本の里親が、わざわざ支援する必要があるの?」

ということなんです。

まとめ

いかがでしたか。

今回は、「現在タイ北部を中心に、少数民族の児童の就学支援を行っている多くの慈善財団が、存亡の危機に瀕している」

と言える理由として、

1:少数民族も十分な賃金の仕事ができるようになった。

2:少数民族にもタイの正規のIDカードが支給されるようになり、都市部への出稼ぎが可能になった。

3:家族の中に働き手がいれば、子供を地元の中学・高校に通わせることは十分可能になった。

…以上の3点をご紹介してきました。

つまり現在、タイという国は、

「少数民族の親たちが働こうと思えば、いつでも働けるような社会になってきた」

ということなんです。

この現状だけを見れば、

「タイの社会は発展した」

と言っても全く差し支えないと思います。

しかし、こうした発展により、

慈善活動のあり方そのものに対し、見直しが求められるようになってきました。

「少数民族の人たちは、本当に支援を必要としているのか」

「もしも必要な支援があるとしたら、それは一体何なのか」

ということです。

この問題はおそらく、今後もはっきりとした回答を見つけることが困難な、非常に複雑な問題です。

これについては、また後日、ご紹介していきたいと思います。

それではまた。

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