今回は、地元アカ族村の陸稲(りくとう・おかぼ)の植え付けに参加した時の話です。
昨年、『アカ族の陸稲』というタイトルで、『ちゃ~お』の巻頭特集を執筆させていただいたのですが、その後私は、村人たちの中で、
「陸稲にやたら興味のある日本人」という位置づけになってしまい、今年の初めぐらいから、陸稲の栽培をたびたび誘われるようになりました。
農業初心者は陸稲のほうが向いている
私も農業初心者で、「いつか自分で米を作ってみたいなぁ」という思いはあったものの、
ゼロから田んぼを作るというのは、やはりどうしてもハードルが高いため、「やるなら陸稲」という思いがありました。
陸稲は、畑に直接植えるので、畦(あぜ)などを作る必要がないからです。
それに、山の水源は限られているため、平地の土地を持っていない我が家にとっては、水田という選択肢が元々なく、必然的に陸稲一択になってしまうわけです。
今年は、周囲からの後押しもあって、陸稲の種子を農家から買うことができ、めでたく、畑に植えに行くことになりました。
前置きが長くなりましたが、今回は、そんな日本人とアカ族の家族による、陸稲の植え付け体験記です。
60キロの種子を5家族で植える
今回植えるのは、約60kgほどの陸稲の種子です。
大体100メートル四方ほどの畑で、ちょうど60kgを植え切るぐらいの感覚です。
なので、大体13メートル四方もあれば、種子1kgを植えることができる計算になります。
これを書いている時点でまだ収穫していないので、はっきりとした数字は分かりませんが、
60キロの種子は、大体900キロ位になるそうです。種子に対しておよそ15倍の収穫率です。
900kgもあれば、1日2kgとしても、1家族が丸々1年食べることができます。
畑仕事はピクニック?
植え付けの日は、2017年6月3日。
当日協力してくれる5家族と相談し、山奥の畑に陸稲の植え付けに行くスケジュールが決定しました。
しかしこれは、6月3日に作業がスタートする、という意味ではありません。
陸稲の植え付けで、最も重要な作業は、じつは、植え付けそのものではなく、「草引き」です。
土に直接植えるため、雑草が生え放題の状態だと、陸稲を植え付けることがきません。
そのため、我が家では、植え付けの1ヶ月前、5月の中旬ぐらいから、時間を見つけては、家族で畑の草引きをしていました。
そしていよいよ、植え付けの日、当日。
この日、女性たちは、早朝からお弁当作りで大忙し。
そして子供たちも、久々の家族総出のイベントに、わくわくしています。
そのため、これから農作業に行く、というよりも、
「家族でピクニックに行く」
というような感覚で、子供達のテンションは、朝から上がりっぱなしでした。
渓流が飲めない?
畑へ持っていく荷物は、ほとんどがお弁当と飲用水です。
川の水を沸かして飲むこともできるのですが、最近は、公衆道徳をわきまえないアカ族の人も増えていて、
皆の共有の山なのに平気で農薬や除草剤をまいたりします。
こうなると、土壌の農薬が渓流にも流れ出てしまい、「せっかくのキレイな渓流の水が飲めない」ということになってしまうんです。
農薬を撒くことで得られるのは、換金作物による、ほんのちょっとの現金収入です。
子供が1台携帯電話を買い替えたら、そんなお金はすぐになくなってしまいます。
そんなものよりも、渓流の水の方がよっぽど大事だと、私は十数kgの飲料水を担ぎながら、つくづく感じさせられました。
畑には、片道1時間半ほどかけて、山道を延々歩きます。
荷物が多いのと、舗装のないぬかるんだ山道を進んでいるのとで、実際の直線距離よりも、はるかに遠く感じます。
でも、「歩くのが大変」などと軟弱なことを言っているのは、私ぐらいでした。
山に住んでいるアカ族の人たちは、大人も子供も毎日日常的に歩いていますから、徒歩1時間半なんて、彼らにとってはまさしく朝飯前なんです。
それに、畑へ向かう途中の山道には、渓流など多くの遊びポイントがあります。
子供たちはその都度、水遊びをしたり魚を捕まえたりしながら、畑までの道のりを、まるでピクニックのように、楽しんでいる様子でした。
1時間半の移動を経て、私たちはようやく、山奥の畑に到着しました。
いよいよ植え付けスタート!
私たちが到着したころ、畑ではすでに、手伝いに来てくれた別の家族が、作業をスタートしていました。
植え付けの作業は、夫婦で2人1組になって行ないます。
簡単に言うと、男が穴を掘って、女がそこへ陸稲の種を投入する、という流れです。
土に穴を開けるときは、棒の先端にスコップを取り付けたような道具を使います。
これを、力を込めて「ぐさっ」と地面に突き刺し、土に穴を開けるわけです。
そこへ、パートナーの女性が、陸稲の種子を一掴み、約10粒ほどを投げ入れます。
作業としては、これだけ。いたってシンプルです。
こんな山の頂上で、「水はどうするの?」という点が気になるところですが、基本は雨水だけで十分なのだそうです。
このへんも、山岳地に陸稲が向いている理由の1つだと言えます。
大人たちが作業をしている間、子供は、飽きもせずに、野山を元気に駆け回っています。
畑には犬も連れて行く
また、家族総出で畑仕事をするときは、基本的に、飼い犬も畑まで連れていきます。
これには、「家に置いておくと、泥棒に食べられてしまうから」という、ウソのような笑えない事情があるためです。
そのため今回の畑仕事には、愛犬の「ハナちゃん」も、連れていきました。
もちろん、リードなんてつけません。
愛犬は、私の足の歩く方向に、忠実について来てくれて、私が歩き疲れて休んでいる時などは、愛犬もその場でしゃがんで待っていてくれます。
そして、大人たちが農作業をしている間も、どこへも行かずに、ちゃんと畑の横でお昼寝をして、待っててくれるのです。
私は、こうした経験は初めてだったので、「愛犬とともに山にいる」、この光景がとても新鮮で、
「犬は、こんなにも飼い主にしっかり付いてくるものなのか」と、つくづく感心しました。
南極探検隊が、南極に犬を連れていく理由が、何となく分かったような気がしました。
山暮らしの必須スキルとは
私が、山暮らしで必須のスキルだと想っているのは、手鼻(てばな)です。
手鼻とは、指で片方の鼻の穴を塞いで、もう片方の穴から「ふんっ」と鼻水を地面に叩きつける、鼻のかみ方のことです。
今回の畑仕事の間も、鼻水はティッシュや袖などでいちいち拭かず、ただ「ふんっ」と捨てるだけ。
何も汚さず、ゴミも出ず、じつに合理的な方法です。
お蔭様で私は、ここ10年以上ティッシュというものを買ったことがありません。。
いよいよメインイベント、お昼休憩!
2時間ぐらい作業をしたころ、炊事係の女性がおもむろに立ち上がり、持参した食材や調理道具を持って、山小屋へ向かいました。
この山小屋は、畑仕事の休憩用として、どこの畑にも必ず設置されています。
山小屋は、年に数回しか使わないはずなんですが、とても丈夫に作られていて、
今回私たちが入った山小屋も、「まるで竹の芸術品」と思えるほど、とても美しく、頑丈にできていました。
山小屋のなかには囲炉裏もあり、そこで料理をします。
そのためお弁当は、家で作って持っていくのではなく、あくまでも下ごしらえだけ。
「現地で調理をして、現地で食べる」
というスタイルです。これがまた、言葉では言い表せないくらい、楽しいんです。
料理は、子供達もお手伝いをします。男の子は山菜摘み、女の子と幼児は、枯れ木拾いに出かけます。
定番は、パッ・グゥーッ(ゼンマイのような山菜)。
川沿いを歩いていれば、特に探そうとしなくても、大量に収穫することができます。
今年幼稚園に通っている私の娘とそのお友達も、言われたとおり枯れ木を集めてきてくれました。
そしていよいよ、本日のメインイベントである、山小屋での炊事作業がスタートします。