【カーオラーム】竹筒のもち米はココナッツ風味

「カーオ・ラーム」とは、もち米とココナッツミルクを竹筒に詰めて蒸した郷土菓子だ。ココナッツの風味と竹の香り、そしてもち米の食感、この3つが絶妙なバランスで溶け合った独特の味わいがある。
西部のナコーンパトーム県や東部のチョンブリー県などのほか、今回紹介するチェンラーイ県パーン郡が、カーオ・ラームの名産地として知られている。
カーオ・ラームを一番よく目にするのは、バス停や鉄道の車内などで、タイ人に広く好まれているが、一般の町や市場などでは意外と売っていない。ポピュラーでありながら、産地以外ではなかなか食べる機会がないという、まさに隠れた逸品なのだ。
今回は、そんな「カーオ・ラーム」の種類や材料、製法などを詳しく見ていこう。

パーン郡名物「カーオ・ラーム」

 
 チェンラーイやチェンマイから国道1号線を南下してコック川沿いの白い大仏を過ぎると、パーン郡に入る。辺りは何の変哲もない北タイの田舎道だが、国道の脇に等間隔に並ぶ「カーオ・ラーム」屋台が、地元パーン郡の名物として知られている。
国道には、ざっと数えただけでも、20~30軒のカーオ・ラーム屋台がある。それがわずか十数kmの区間に並んでいるのだから、かなりの密度である。しかも、いずれの屋台も日に最低千バーツは売り上げるというからすごい。客層は、旅行客よりも地元のサラリーマンや学生が圧倒的に多いという。つまりこれら大量のカーオ・ラームは、土産物専用なのではなく、あくまでも地元のニーズに合わせ、地元民が好んで買っているのだ。
カーオ・ラームというのは元々タイ族の間で広く伝わる郷土料理の一つで、パーン郡が発祥というわけではない。そのため、竹筒さえあれば、誰が作っても日常の食材でそれなりのものができる。その中で「売れる店」として突出するためには、材料の質や作業の細かさ、見た目のきれいさ、そして味が決め手となる。
今回取材に協力していただいたゲートケーオさんは、そんな「カーオ・ラーム激戦区」の中にあって「一番おいしい」との呼び声も高い実力派だ。10年前に店を立ち上げ、製造の従業員も雇わず(売り子のバイトは別)、女手一つで店を切り盛りして一家を支えながら、最高のカーオ・ラームを作り続けている。

通好みの地元スイーツ

カーオ・ラームは、竹筒を裂いて、花弁のように竹を開いて食べるのが一般的であるが、魚肉ソーセージのように一度縦に裂ききってからパカッと開いてもよい(個人的にはこの方が食べやすいと思う)。若竹を焼いた香ばしい風味と、ココナッツの香りがもち米にしみ込んで、独特の味わいがある。また、持ち運びに便利な形状をしているため、国道沿いで買い求める携帯用のお菓子として、不動の地位を得ている。
具には数種類あり、メインとなるのは「ンガー(黒ゴマ)」、「トゥアダム(黒豆)」、「ガティ(ココナッツ=具なし)」の3つだ。このほかにも、「サンカヤー(緑色の餡)」や「バジャーン(肉などの惣菜入り)」というのもあるが、パーン郡の屋台ではこれらは普段作っていない。
 カーオ・ラームの旨さの決め手は、「イァ・マーイ」と呼ばれる、もち米の表面にできる薄皮の部分だ。これは、炊飯器の内壁にへばりついた白いパリパリと原理的には同じものである。若竹の香ばしいエキスが、もち米のデンプン質と混ざり合って、もち米の表面に膜を作り、これが、もち米全体に竹の風味を行き渡らせ、食べたときに「パリッ」という絶妙な食感を生み出す。湿度が高いと、この「イァ・マーイ」が竹からうまくはがれなくなるため、一般にカーオ・ラームは、冬の乾季のほうがおいしいと言われている。
 カーオ・ラームの材料は、次の5つ。いたってシンプルだ。
①竹筒
②ココナッツ
③もち米
④各種調味料
⑤黒豆や黒ゴマなどの具材
カーオ・ラームはそのシンプルさのため、「素材の質」が圧倒的にものを言う。
 ゲーオケーオさんは、一つ一つの材料にこだわりを持っている。ココナッツやもち米は、すべて地元で一番の農家から仕入れ、竹筒も、プロの木こりを雇って郡内の山奥から良質の若竹だけを切り出している。タイの郷土料理にしては、ずいぶん原価が高いのに驚いた。逆に言うと、ここまで原価をかけられるほど、カーオ・ラームはよく売れるということだ。基本的にタイ人は、ココナッツの味と香りが大好きなのだろう。

カーオ・ラームのできるまで

カーオ・ラーム屋の一日は早い。なんと朝は3時起きで、真夜中から焼き始める。焼きあがったころも日はまだ昇っていない。7時までに袋詰めを済ませ、朝8時までに国道の屋台へ持っていく。朝の通勤時間が最もよく売れるので、この時間までに開店準備を進められるかどうかが店の売れ行きを大きく左右する。なお、基本的に売り子はみなバイトの女性で、製造者は製造に専念するため、あまり店頭には立たない。
作り方の手順は、
①竹筒の中を掃除する。
②もち米と黒ゴマ、黒豆などの具材をよく混ぜ合わせ、素早く竹筒に入れていく。
③調味料をブレンドしたココナッツミルクを、米の上から流し込む。
④ココナッツの殻を竹筒に押し込んでフタを作る。
⑤フタをまっすぐに切りそろえる。
⑥炭火で、竹の表面に焦げ目が付くまで焼く。
⑦タイミングを見ながら、順に竹筒を裏返していく。
⑧中を開けて火の通り具合を確認し、中まで火が通っていれば、完成。
<ここは、包丁特集のときのようなチャート式を想定していますが、チャート式にするスペースが無ければ、①~⑧は箇条書きで、写真は通常通りでもいいです。>
以上は、あくまでも一般的な作り方だ。ゲートケーオさんは、常に新しいイノベーションに挑戦し続けており、独自の製法を行なっている。たとえば⑥の「焼き」には、通常2~3時間を要するが、深夜未明の作業で、朝からの店頭販売を控えているため、「焼き」の時間は少しでも短縮したい。しかし焦って早くに取り出してしまうと、もち米の中まで火が通らず生焼けになってしまう。そこでゲートケーオさんは、前の晩に「蒸す」という工程を挟み、中のもち米をあらかじめ調理しておくことで、朝の焼き時間の短縮を図っている。これは他の店ではやっていない。ゲートケーオさんが「どうすれば1人で効率よく作れるか」をいつも心がけることで編み出された製法だ。
また、④の「フタ作り」の工程では、ゲートケーオさんはバナナの葉を中ブタにしているが、店によってはバナナの葉を使わず、ココナッツのカラだけで直接フタをするところもある。しかしこうすると、ココナッツのカラについているフサフサの毛のようなものが中のもち米に付着してしまい、食べづらくなる。バナナの葉を間に挟むのは、このような毛や異物の付着を避けるためだ。もちろんこれにより工数は増えるが、ゲートケーオさんは、食べやすさと品質を何よりも重視しているのだ。

カーオ・ラームの販売システム

 ここで、パーン郡で行なわれているカーオ・ラームの販売システムについても少し触れておこう。なかなかユニークで興味深いシステムだ。「カーオ・ラームを作って売りたい」と思い立った人は、製造者として役所に登録する。現在郡内には、20人ほどの製造者がいるそうだ。製造者には、もれなくトヨタ・チェンラーイ店から、トヨタのロゴとカーオ・ラーム製造者の名前が入った看板を付与される。パーン郡では、自分が思い立ったその日から、製造者として名乗りを上げ、カーオ・ラーム・ビジネスを始めることができる。トヨタ・チェンラーイ店にとっては自社の宣伝になり、製造者はこれにより看板を作る経費を節約できる。
看板には3行の文が入っており、上から順に、
①商品名:カーオ・ラーム
②種類:黒豆、黒ゴマ、プレーン、サンカヤー、惣菜(サンカヤーと惣菜の2つは、普段はあまり作らない。)
③製造者名
となっている。3行目には、「ゲートケーオ」、「ノーン・ビア」、「ノーン・モン」、「メー・アンポーン」、「ペンポーン」等の人名が書いてあり、これが製造者を表している。客は、看板の3行目を見ればすぐに、誰が作ったカーオ・ラームなのかが分かるようになっている。
ファンにとっては、いつでも自分の好みの店でだけカーオ・ラームを買うことができる。たとえば、「ペンポーン」さんの看板の店で買ったカーオ・ラームが気に入れば、次回もその看板の店で買えばよく、仮に前回と同じ場所の店が閉まっていても、1人の製造者は2~3軒の店を構えているから、別の場所で「ペンポーン」の看板を探せばよい。また、製造者にとっては、常に自分の名前がさらされているわけだから、一瞬たりとも気が抜けない。製造者同士がしのぎを削り合い、優劣がついていくシステムなのだ。
パーン郡のカーオ・ラームは、こうして地元民から愛され、支えられながら、日々進化を続けている。チェンラーイやパヤオを訪れる機会があれば、パーン郡の名産品「カーオ・ラーム」をぜひトライしてみよう。