「中流意識は日本人独特」という話を、よく聞きますよね。
でも、最近のタイを見ていると…
彼らの中流意識も、けっこうすさまじいものがあります。
■ ■ ■
また、タイに限らず、中国やベトナム、インドネシアなど、
「アジアの発展途上国で経済的に余裕が出てきた人たち」は、みな判で押したように、中流意識を持っています。
むしろ、日本人が見たら、「えっ、ちょっとそれ、極端すぎない?」と思えるほどです。
今回は、そんな「新たなアジアの中流意識」というものについて、お話をしていこうと思います。
■ ■ ■
私が住んでいるところは、タイ国内でもかなり発展が遅れているエリアなので、
「中流意識」を観察する上で、非常に参考になります。
例えば、
最近のタイ人の親は、「子供を大学へ入れなくちゃいけない」と口にします。
これはもう、完全に中流意識の現れです。
「中流=子供が高卒以上」
みたいな認識です。
■ ■ ■
要は、現在のタイでは、
子供の最終学歴を高卒にしてしまうと、「中流からはみ出る」みたいな感覚があるんです。
ここで重要なポイントは、
「子供が勉強に向いていないかもしれない」
「子供は職人になりたいかもしれない」
というような考えが、無視されていることです。
詳しい中身のことも何も考えずに、
「とりあえず子供を大卒に」という考え方は、まさしく中流意識と言ってよいと思います。
■ ■ ■
これ以外にも…
・「休日は旅行へ行きたい」と思わなければならない
・「最低一回は海外旅行へ行きたい」と思わなければならない
・「自家用車を持ちたい」と思わなければならない
この辺の感情も、最近のタイ人はすさまじいですが、これらはすべて、中流意識が軸になっています。
■ ■ ■
「みながやっているから」
↓
「みなは中流である」
↓
「自分も同じことをしなければならない」
↓
「みなと同じことができないと、中流から外れてしまう」
…というのが、現代タイ人の、一般的な経済感覚です。
■ ■ ■
これは、タイだけではありません。
タイで経済が発展し、庶民の中流意識がすさまじくなって、
その後、タイの後輩格にあたる、ラオスやカンボジア、ミャンマーでも…
現金を持った人たちは、やっぱり同じように、中流意識を持ちます。
■ ■ ■
でも、これって、実は、昭和50年代ぐらいの日本とも、非常に良く似ています。
こうなると、中流意識と言うのは、何も、日本人独特、というわけではなく…
・経済的に余裕ができると、人は自分を「中流」という枠に自らはめようとする
・そして、誰に強制されずとも、彼らは中流意識によって、自ら、消費を続けようとする
と、言えるのだと思います。